『増沢 洵 「自邸―最小限住居」という選択肢』
2018.07.01チーフデザイナーをしております、千北 正(チギタ タダシ)です。今回は、増沢 洵先生の「自邸―最小限住居」をご紹介させて頂きます。
■「最小限住居という選択肢」生活に必要なものがコンパクトに納まった、住宅デザイン。
・設 計 増沢 洵(ますざわ まこと)1925~1990 ・建築年 1952(昭和27年)竣工
・規 模 建築面積(9坪) 延べ15坪(49。㎡)
・所在地 東京都渋谷区大山町
■「この家には玄関が無い」住居史から観れば、民家型の住居形態(形式より実質)であろう。
この昭和を代表する建築家 増沢 洵 先生による狭小住宅の代表作『吹抜けのある家–最小限住居』を紹介したいと思います。
私(千北)が生まれた65年まえ、建築家・増沢 洵 先生が、26歳の若さで、渋谷区大山町に自邸「最小限住居」を設計・建築した。
・1925年 増沢 洵、東京に生まれる。 ・1947年 東京帝国大学工学部建築学科を卒業。
・1947年 レーモンド設計事務所に入所。
レーモンド設計事務所に勤め始めて半年。当時なかなか当選しない金融公庫の融資に当選したのがきっかけで、自宅の設計を開始。設計期間2ヶ月、工事期間3ヶ月のスピードで1952年3月に竣工。1952年7月号の建築雑誌「新建築」に、「最小限住居の試作」の名称で掲載された。
その当時は金融公庫の融資の上限が60㎡で、「最小限住居」の名称が付いてはいるが、比較的大きな住居であった。このころの住宅が、平家の住宅が多かった時代に対し、吹抜けのある2階建ての空間構成。12本の丸柱の構造、大きな開口部には鉄筋の筋交い、水洗トイレ、キッチンなどは最新設備、ワークスペースと家事コーナーがあった。タタミ室はなかったが、「和の雰囲気のあるモダニズム建築」。3坪の吹抜けを介して、「公」と「個」を立体的に仕切っている。
■増沢 洵というひとりの建築家が、この「最小限住居」で実現したかったことは。
デザインコンセプトは、正直さ、単純さ、直截さ(まわりくどくない)、経済性です。
当時、「個人住宅」は「一定の高所得者層の所有するもの」とされていたなか、若い夫婦(家族)でも棲むことのできるようにと「規格寸法にこだわりをもち、良質(居心地の良い)で飾りのない(素のまま)」住まいをつくろうと考えた。増沢 洵 先生の「最小限」にして「最大限努力」されたコンパクト住宅である。まさに、現在の「狭小・スケルトン住宅」の原型を、感じさせます。
■この住居には、「新しいライフスタイルを求める強い意志」と「斬新な工夫」が詰め込まれた。
増沢 自邸の平面計画では、全体の構造的関係の単純化をはかり、市場品部材の定尺等を考慮してプランを3間×3間の正方形としている。(下の図面)
屋根は、小屋組を用いず棟木(ムナギ)から軒桁(ノキゲタ)にかけた棰(タルキ)がそのまま 構造材となり、屋根材料を鉄板葺きにすることにより、通常の建物よりも屋根の重量を軽くすることを配慮し、最小限の材料で必要な構造耐力を保った。(下の写真)
■この最小限住居は、「5つのデザイン原則」が凝縮されていることが解る。 汎用と美学:平面は正方形(3間×3間)のプランとする(※3間=約5.5m)。
空間の連続性:3坪の吹き抜けを設ける。
単純性・合理性:外形は14.8尺の切妻屋根(※14.8尺=約4.5m)。
構築性・柔らかさ:丸柱を使う。
比率・内外の一体化:インファサード(建築物の正面部分)には開口部を設ける。
昨今、以上のデザイン原則は、これからの住居に多くのヒントが込められ、現在の魅力ある「リメイクデザイン住宅」として、多くのデザイナー・建築家がデザインに反映(カバー)させている。
■そして、この住居は、住まい手に委ねられた「余白」を喚起させる住居でもあった。
スケルトン(構造・骨格)とインフィル(設備・仕様)を分けることにより、住まい手を主体として意識し、自由さを得る事が出来る。それは、まさにスマホやパソコンにも似た、アプリを意識した、(不適切な言葉かもしれないが、)「カスタマイズ住宅」である。お仕着せを感じさせない、これからの住居形態の一つの在り方であろうか。
■最後に、当時の増沢 洵 先生の仕事の特徴を記した備忘録を紹介しよう。
・無理をせず、無駄を出さず、余計なことをしない
・簡単に手に入る安い材料をそのまま使う
・製品の寸法を尊重し、無駄を出さない
・少ない材料でつくる
・難しい技巧、手の込んだ仕事を避ける
・大壁、フラット天井、トラス構造。素地の美しさを評価(レーモンド的)
・ローコストだが格調高く気品がある
・生活に対する柔らかな目差しが感じられる
・科学的、工学的設計法。構造設計者と協働、採光率、断熱・結露計算もした
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