『・念・を入れる』 生誕300年記念 若冲展を観て
2016.04.27生誕300年記念 若冲展
The 300th Anniversary of his Birth: Jakuchu
2016年4月22日(金)〜5月24日(火)
生誕300年記念 若冲展のポスター
伊藤若冲 ( いとうじゃくちゅう、1716-1800 ) という絵師をご存じでしょうか。
江戸時代,京都・錦小路の青物(野菜)問屋の主人という経済的に恵まれた地位を投げうって,85歳で亡くなるまで絵師として独特の画風により描き続けた奇才です。
近年,「若冲」ブームが起きています。テレビ(NHKスペシャル若冲)にも取り上げられていることから、その人気のほどがうかがえます。現在インターネットで「若冲」を検索すると100万件以上ヒットしますが,これは相当な数だと思います。
数々の絵に魅せられて、「若冲」びいきになり、作品に触れる機会が増えました。
緻密な観察とおびただしいスケッチの上に制作されたものであることを知り,感動を覚えました。
過去見た若冲作品で印象的なものをいくつか挙げました。
■動植綵絵(30幅) (宮内庁三の丸尚蔵館)
若冲がお世話になった大典和尚の京都・相国寺に奉納し,現在は宮内庁三の丸尚蔵館に所蔵されていますが,おそらくこれらが若冲人気を生んだ最高傑作群だと思います。どのようにして情報を仕入れたのかと思うほどたくさんの動物や植物を,30幅の掛け軸に配置しています。200年以上経った今でも色あせない鮮やかさと精緻な筆使いで,情熱を傾け続けたことがよく伝わる作品群です。
■樹花鳥獣図屏風 (静岡県立美術館)
「枡目描(ますめがき)」とよばれる四角い点をモザイクのように数万並べた,縦1.3m横3.5mの大きな南国風景屏風です。象や虎,孔雀,鳳凰などの鳥獣を,点だけで描きあげており,素材だけでなく技法そのものも当時としては斬新であったと思われます。ちょうど解像度の低い旧世代の液晶ディスプレイを見るような印象があります。すべて点だけで巨大な屏風に書き込む勇気と根気に驚嘆するばかりです。
■旭日雄鶏図 (エツコ・ジョウ・プライスコレクション,ロサンゼルス・カウンティ美術館)
戦後,国内において若冲が注目されていなかった時代に,あるきっかけから若冲に魅せられたジョウ・プライスさんが収集したコレクションのひとつです。松の枝で雄壮にときの声をあげる鶏は,若冲十八番の素材でもあります。そして左上方には取って付けたかのような大きな日の丸(旭日)。この深紅の丸が,記憶に残る鮮烈な印象を与えています。
■果蔬涅槃図 (京都国立博物館)
涅槃図は元来,釈迦の入滅の悲しみを描いた仏教画であり,多くの寺院で見かけるものですが,野菜を擬人化した作品は若冲をおいて他に存在しないのではないでしょうか。
横たわるお釈迦様は「大根」。悲しみの中で取り巻く茄子やカボチャなど数多くの「野菜の弟子」たち。大好きな野菜と親しい仏教を結びつけたユニークなアイデアと人柄があらわれたほほえましさ、若冲墨絵の代表作のひとつではないかと思います。若冲の魅力とは,題材に関するユニークなアイデア、空間配置を無視したかのようなダイナミックな構図、精緻で色鮮やかな塗り、そして絵にあふれる若冲のユーモアと優しさに満ちた人柄です。
これらの魅力を生み出している背景には,
やはり優れた「技術」がありました。
■色彩が鮮やかな理由
経済的に裕福な若冲は絵を売って生計を立てる必要がないので,高価な画材を使用できたようです。超高級品の絵の具に変色の少ない高級絹地。後生に残すことを意識し,耐久性の高い素材を使用したことが,
200年以上経ったいま我々が感動できる成功の要因です。この他,高価な金泥の上に白絵の具をのせて鸚鵡や鶏の鮮やかな白を出していること,漆を用いて鳥や魚の目を描いていることなど,高価な材料を的確に細やかに使用するで,全体として鮮やかな仕上がりになっているそうです。
良い作品のためには材料を吟味することが重要と実感しました。
■独自の技法
当時の絵画教室である狩野派から教えを受けたそうですが,制約の多い流派のままであればこのような独特の画風にはならなかった。若冲は狩野派の弟子ではなかったので,自由に工夫ができたそうです。
ユニークな技法としては以下のとおりです。
・良質な絵の具を薄く塗る・・・鮮やかな色彩を生む
・枡目描(ますめがき)・・・約1cm四方の点による表現技法
・筋目描(すじめがき)・・・にじみを利用した重ね描きによる葉脈や鱗などの筋の表現
・裏彩色(うらざいしき)・・・絹素地の裏からも彩色することにより,表側の色がやわらかく深くなる
後世に残る作品のためには、オリジナル「技術」は不可欠ということでしょう。
■たゆまぬ努力と徹底した根性
若冲の画風は「旦那芸の極致」だそうです。当時隆盛の狩野派や琳派のプロの絵師と異なり,経済的・時間的・技法的に自由ですから,道楽で絵を描いてもよさそうなものですが,何故か徹底して技術を磨きあげています。
たとえば裏彩色などは,とても手間のかかる手法で,当時の絵師たちには到底真似のできない芸当だったようです。若冲が得意とする鶏の描写も,自宅の庭に鶏を飼い,徹底した写生によるものです。画家であれば当然のデッサンも,プロではないにもかかわらず若冲は数多く残しています。
絵画のセンスだけではない,地道な努力が独特の技術を開花させたと思われます。
これほどまでに絵画の世界に深く惹かれた若冲は、「純粋に、自分にとっておもしろい絵を描こうとした、世界美術史でも希な例」です。
決して無名ではなく、当時の紳士録にも円山応挙や与謝蕪村などと並んで登場する有名人「トップランナー」でした。しかし本人としては,名声ではなく理解者が欲しかったようで、ある寺で「本当の自分を理解してくれるのは200年後」と言ったそうです。若冲ブームに火をつけた狩野さんが、まさに200年後の理解者のひとりであったのかもしれません。
若冲を見ていると、時に歴史に埋もれながらもそのしっかりとした実力が、いつの時代でも共感者を獲得してきたように思えます。
住宅の設計・デザインに例えるなら、有名なブランドの陰で、まだまだ知名度の低い弊社住宅作品を理解していただけるかどうかは設計力・デザイン力・技術力の実力にかかっている、という意味で若冲作品と似ているような気がしてなりません。
デザインに携わる者として、設計・デザインが30年後、いや100年後まで生き残るとしたら、たいへん名誉なことと思います。若冲のようにひとつの点や線に集中して作品を仕上げるのと同様に、私自身も「鉛筆一本の線」にも神経を注いでデザインしていきたいと思います。
「念を入れる」。若冲にはピッタリの表現と思います。
私も常々、意匠・デザインに「念を入れる」ことを自覚しています。
もし、T&Wの住宅は「何か違う」と感じていただく機会がありましたら・・・それは「念」のせいかもしれません。
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