簡素にして豊さを求めた「カップ・マルタンの休憩小屋」
2023.04.06エグゼクティブデザイナーをしております千北 正(チギタ タダシ)です。久しぶりのブログ更新です。うららかな心地よい日差しを感じる季節となりました。そこで今回は、フランスの建築家ル・コルビュジエ(1887~1965スイス生まれ:日本では、上野にある国立西洋美術館を建築したことで有名)の終の棲家となったコート・ダジュール(モナコに近接するリゾート地)に建つ人間本来の暮らしが詰め込まれている「カップ・マルタンの休暇小屋」をご紹介します。
以前のブログで、ル・コルビュジエが36歳のときに両親のためにスイスのレマン湖畔に建てた平屋住宅「小さな家(母の家)」(1924年竣工)を紹介させて頂きました。そこで今回はル・コルビュジエ65歳の円熟期に完成させた休憩小屋(1952年竣工)の紹介です。余談ですが、この休憩小屋の竣工時期(1952昭和27年)に私は生まれました(笑)。その世界一小さな世界遺産(2016年認定)と言われる休憩小屋からはたいへん学ぶことが多く、質素で粗末な材料でつくられたこの小屋には、空間の本質をみることができます。
この休憩小屋は究極の狭小住宅とでもいえる小さな家で、居室は二間四方のわずか8畳ほどのワンルームです。天井高は2.26mで、現在の一般の住宅からするとちょっと低めかもしれません。しかしその寸法には理由があるのです。
「質素で簡易的」であるこのバナキュラー(Vernacular:その土地に根付いた)な小さな休憩小屋は、波型石綿スレート葺きの片流れ屋根で、外壁の仕上げは地元の廃材となった木材の太鼓落としで生じた端材を張り合わせた一見ログハウスに見える簡素な休憩小屋です。室内の天井と壁面は合板で、床はモミの木のフローリングOPとなっています。家具類は耐久性に富み、比較的安価で木目が美しいオーク材を使用。ベッド、テーブル、スツール(背もたれと肘掛けがない簡易的な椅子)やクローゼット、等で必要最小限に皮膚環境の延長として配置構成さています。とくに手足が触れるであろう家具や建具の取っ手などには、ほとんどR加工が施されています。住設は洗面器と便器がむき出しで台所はありません。この小さな小屋は、ヒトデ軒(食堂)と隣接しているからです。さらに小屋周りの植栽は、イナゴマメやアロエ等が植え込まれています。
さらにこの休憩小屋はただの小屋と違い、「実験小屋」とも称されています。そのわけは、コルビュジエ自身が提唱した「モデュロール」というヒューマン・スケール(身体寸法)と美的プロポーションの典型と言われている「黄金比」を融合させた独自の寸法体系を、この小さな小屋を設計する際に適用しているのです。同年(1952年)に完成したマルセイユのユニテ・ダビタシオンは、最小限空間をモデュロール(黄金尺)で構成した住居単位として、それらを集合・累積し、大規模な集合住宅に適用しています。ただしこの休憩小屋では、「モデュロール」を基本としながらも厳格に拘束することなく、窓の高さなどでは、生活行為からの自分の目線の高さにあわせ、現場で変更もしているのです。このことは、モデュロールが必ずしもコルビュジエにとって絶対的寸法ではなく、根底には理論より現場での「自らの感性」を優先する思想があったからにほかありません。
さらに私が思うコルビュジェの「休憩小屋」の魅力はやはりロケーションにあります。有名な観光エリアからは外れていますが、小屋から眺める南仏の海は雑念を一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの美しさなのです。パリの自宅兼設計事務所のアパルトマンで忙しい毎日を送っていたル・コルビュジエが、日常を忘れるためにこの地を選んだのも納得がいきます。さらに、この地はコルビュジェの先祖や妻イヴォンヌ・ガリの生れ古郷でもありました。そのように、様々な縁の深い地域であり、素のままの自分でいられる唯一の心の拠点を設けた生涯の拠り所であったことに間違いありません。
コルビュジエは南仏カップ・マルタンの地に終の棲家となる心の拠点を設け、時間をかけてさまざまな実験的な取り組みをしていました。母親の胎内にも似た安心できる内部空間に心は解放され、建築への啓示を受ける一方、さまざまな思考をしながら文字どおり身も心も素裸の一人の人間として「修行僧のような」時間を過ごしていたことと思います。
料理上手な妻イヴォンヌ・ガリへの誕生日プレゼントだったこのキャバノン(CABANON:フランス語で「休暇小屋」)を、彼は心の拠り所として生涯愛し続けました。そして、今でもそのその息遣いをこの「休憩小屋」から感じとることができます。1957年の秋、最愛の妻イヴォンヌに先立たれ、その二年後には最愛の母が他界。そしてその8年後1965年に休憩小屋のカベ海岸で遊泳中のコルビュジエは、78歳で不慮の死を遂げたのです。この偉大な建築家ル・コルビュジエは生涯ここに通いつめ、最期のときを過ごし、お墓までつくり、今もキャバノンの近くで妻と一緒に眠っています。
さて、今回紹介させて頂きました、カップ・マルタンのキャバノン(休憩小屋)は、ブランドエリアでもなく自分たちが気に入った場所に、広くもなく、高価な素材を使わずとも、工夫次第で豊かな暮らしができることを証明してくれています。コルビュジエの残した言葉に「家は生活の宝石箱でなければならない」とあります。今回のキャバノンでは、このことを教えてくれたように感じます。
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